岡村はニッポン放送のレギュラー番組「ナインティナインのオールナイトニッポン」で、相方の矢部浩之(35)とともに騒動について言及。「逆に僕の方が遺憾です」「理解に苦しむ」と高野連の抗議にかみついた。球児を傷つけたことはないと強調し「佑ちゃんにも聞いて」とし、早実の斎藤佑樹投手(18)自身の意見も聞きたいと語った。
フジテレビにはこの日、高野連からの抗議文が郵送で到着。同局は「すでに先方と話をさせていただきました。フジテレビとしては番組の内容、制作過程については問題がなかったと考えていますが、今後も高野連と話し合っていきます」(広報局)とした。
また、高野連は同日、撮影が行われた兵庫県西宮市内の宿舎関係者から事情を聴き、東京地区代表校の定宿指定から解除することを決めた。高野連は「今後、コンプライアンスが守られるような態勢が整えば、復帰を考えている」としている。以下は、放送での岡村と矢部のやりとり。
岡村「高野連が怒ってますけど、逆に僕が遺憾です。ハンカチ王子を“オナラ王子”と言ったわけではなく、僕(自身)がオナラ王子と言っているのに、球児の気持ちを踏みにじるとは意味が分からない。高校球児にこれを見せてくれ。それで“バカにされているみたいで腹が立ちます”というのなら、説明に行きます」
矢部「(抗議に)選手は一切関係ないやろうね」
岡村「ホンマです。中居が怒るのなら分かる。“何をカプセルの中で屁(へ)をこいてくれんねん”と。これ佑ちゃんにも見て聞いてほしい。バカにしてますか?と。僕らもレベルは違いますが、高校時代、クラブ活動をしていた。選手の気持ちは分かる。バカにするようなことはしない」
矢部「宿の人にも迷惑かけて。申し訳ないですよ」
岡村「ほんまですよ。僕ら泊まりに行きます。サッカー部で。理解に苦しむというか、意味が分かんないです。ビックリしました。これは誠に遺憾です」
まぁそうだな。
とってもバカらしいけど、岡村に理がありそう。
だいたい高野連ってなんなのよ。
ただの天下り老人クラブの高野連が高校野球を牛耳っている体質がそもそもおかしい。
新聞社もNHKも締め出して、他のスポーツと同じにすりゃいいんだよ。
でも高体連も天下り組織か・・
もうさ、五分刈りとかもいいかげんやめてさ
連帯責任もやめてさ
おかしな演出もやめてさ
本当に健全な状態にしないとな。
ジャッキー・チェンの出世作であ~る。
師匠の赤鼻のソウは完全にアル中で、酒が切れると手が震えて、てんで弱くなる。
俺が10歳くらいのときの映画だ。
蛇拳や木人拳などと共にやたらはやった。
このころの香港映画は、出演者がダサダサで楽しい。
赤鼻のソウなんて、ホント一歩手前というかんじ。
しかし、この赤鼻のソウ 実は大スターらしい。
その息子は「マトリックス」の武術指導をしていたという。
ジャッキー若いな。
もういいかげんスタント使ったらどうかと思う。
自分の作り上げたスタイルに拘り続けているんだろうな。
ところで、この酔拳の主人公ウォン・フェイフォンは実在の人物である。
清朝末期ごろの武術家であるという。
フェイフォンの若かりしころの物語という設定なのだが、史実とはまるっきり違うそうな。
酒飲んで強くなるような拳法もあるそうだが、本当に強いのかよくわからない。
ジーノ・ストラダ 著 紀伊国屋書店
著者はイタリア人の戦場外科医。
エマージェンシーというNPОの創立者の一人でもあるという。
イラク、アフガニスタン、アンゴラ、エチオピア、ペルーなどの戦場で活動していて、その経験を書いている。
ちょうちょ地雷とは、緑色の羽のついた地雷のことで、ヘリなどから撒くとヒラヒラと舞いながら地上に落ちる地雷のこと。
子供が面白がって拾い、遊んでいると爆発する仕掛けになっている。
最初から子供を狙った地雷なのだ。
そういう地雷はじつはかなり種類も多い。
あるところに地雷が大量に展示してあった。
我々がイメージする缶詰のような地雷もあった。
踏むとピョンと1mほどジャンプしてから効率よく周りの人間を殺傷できるようにしたものもあった。
え これ 地雷なの?
というような形 ぬいぐるみにしかみえないもの お菓子にしかみえないもの
もあった。
地雷の目的は、「殺す」ことだけではない。
手足を吹き飛ばすだけでもいい→助かって命を永らえても一生不遇→それを見せつけ敵に恐怖を与える。
というような思想で作られている。
そのためには子供の犠牲者のほうが都合が良いのかもしれない。
その他にも銃撃の犠牲者、爆弾の破片の犠牲者などなど、手足を失ったり、失明したり そういう子供がこの本にはたくさん登場する。
読んでいてとても心の痛む本だ。
20世紀後半以降、戦争の犠牲者の90%以上は非戦闘員である女性、子供であるという。
氏の統計でも、93%以上は女子供であったという。
率直に書かれていて何も隠されてはいない。
国連職員の傲慢さ、果てしない政治家との交渉、自国イタリア閣僚への批判もある。
実際、著者たちの運動のおかげでイタリア政府は対人地雷の製造、売買を禁止する法律を作り上げた。
すばらしいことだ。
この本を読んでいる間はずっと緊張しっぱなしだ。
快復に向かう子供が時々登場することだけが救いである。
時に残酷な選択を迫られることもある。
負傷した戦闘員をほったらかしにして、子供の治療を優先させるようなこともある。
神ではない著者はいつも苦悩し、あえいでいる。
ベトナム戦争のときにはデモに参加したこともあったという。
そのときと同じ動機で今も活動しているという。
立派だ。この人は本物だ。
日本のデモを見るがいい。
ただの祭りだ。
音楽や踊りでは何も変わりゃしない。歌い、踊り狂って自分に酔い、祭りが終わればすっかり忘れてしまい、そのうち飽きる。
そんな余分な労力があるのならその分働いてエマージェンシーに寄付でもしたらいいのに。
千葉在住のサラリーマン
休みの日はだいたい海
釣った魚は基本的に自分で捌いて自分で食う